名古屋地方裁判所 昭和32年(わ)104号 判決 1958年3月10日
被告人 姜三万以こと 金六道 外二名
主文
被告人金六道を無期懲役、同姜順伊を懲役三年、同姜先順を懲役一年六月に処する。
被告人姜先順に対しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
被告人姜順伊に対し未決勾留日数中三百日を右刑に算入する。
訴訟費用中証人三島金一郎、姜相哲、吉田松吉、山田好一、高橋龜之助、喜多村泰、山田武夫、沖本紀一に支給した分は被告人金六道の、証人宮本聖実、加藤初音、片岡末一、足立竹三郎に支給した分は被告人三名の連帯負担とする。
理由
(一) 事件発生までの経緯
岡村営治こと崔聖俊(明治三十五年三月二十八日生)は後妻秋山初枝こと李順岳及びその先夫の子である被告人姜先順等と昭和二十八年頃から名古屋市港区中川町十二番地に同居して飲食店東洋食堂を経営していたが、同人は素行が悪く、性質は粗暴で、当時他に二、三人の女とも関係を結び、外泊がちで、右食堂の経営を始めた頃から、順岳に対して必要な生計費を渡さず、同人及び同人との間に生れた明満(当九才)、被告人先順等に対し、理由なくしばしば暴行を加えた。
被告人金六道は名城大学法商学部に在学中、覚せい剤の密売をして警察官に取調べられたことから同二十九年十一月頃自ら同大学を退学して、自動車運転助手となつたが、これより少し前頃より東洋食堂に出入して被告人先順と知合うようになり、同被告人に結婚を申込んだところ、拒絶された、崔聖俊及び李順岳も同人等の結婚に反対し、殊に聖俊は被告人六道を嫌い、被告人先順に対し、被告人六道と交際することを禁じた。然し被告人六道は初志を枉げず、同三十年五月頃被告人先順を、結婚しなければ殺す、と脅して、遂に之を承諾させ、両名は同月二十日頃から、聖俊や順岳に無断で、名古屋市熱田区西野町三の二アパート秀明荘で同棲するようになつた。
聖俊は之に腹を立て同月下旬他の男を連れて秀明荘に赴き、被告人六道に殴る蹴るの暴行を加え、被告人先順の顏に煙草の火を押付けたりした。又被告人先順が、同六道との同棲生活に入る前に、他の人と結婚するため整えていた寝具衣類を東洋食堂に置いていたが、聖俊は之を被告人先順に引渡さずに自ら使用し、同被告人及び順岳所有の二十一万円を順岳から取上げ、被告人六道の電気蓄音器を勝手に売払つたりした。
被告人姜順伊は李順岳の長女であるが、同三十年十一月夫と別れ三人の子供を連れて崔聖俊方に同居し、東洋食堂の仕事を手伝つていた。聖俊は同被告人が離婚の際手切金として貰つた三十一万円の貸与方を迫り、或は自分の所有する家屋を買取れと勧めて、之を取上げようとしたが、同被告人が之に応じないので、訳もないのに、その母順岳に当り散らし、同被告人及びその子供達をしばしば殴打した。
李順岳は同三十一年七月初頃子宮ガン再発のため臨港病院に入院したが、崔聖俊は、その際どうせ治らないから、と入院に反対し、入院後はその費用を出さず、同年九月七日頃三浦とみ(大正九年十二月二日生)を自宅に引入れて同棲し、同女に食堂の経営を委せて、順岳にも被告人順伊にも生活費を支給せず、そのため順岳は医療保護を受けなければならなかつた。
李順岳は同年十月三日、余命いくばくもないことを知つて、一度二十一万円の金を握つてから死にたい、と言い出した。この金は被告人先順等が、これまで崔聖俊に対し何回返還を求めても返してくれなかつたものなので、同夜は人を介して交渉したが、聖俊は之を拒否した上、順伊の金を五、六万円包んで之がその金だといつて握らせたらよい、今頃そんなことをいうなら死んでも葬式を出してやらない、と言うたので、同人のそれまでの態度に憤りや恨みを感じていた被告人等はいよいよ怒りを新にしたのである。
(二) 被告人金六道の殺人の事実
被告人金六道は、その性格性急短慮であるため、ここにおいて崔聖俊の非道を痛憤し、遂に同人を殺害し、かつ李順岳の入院中に聖俊方に入込み、被告人順伊や明満に辛く当る三浦とみをも殺そうと決意し、同月四日名古屋市港区浜町三丁目二番地の自宅に於て、被告人順伊、同先順に之を打明けた上、同日午後十一時頃聖俊方西側空地の道路に面する木戸より右空地を通つて聖俊方居室の西隣にある被告人順伊の部屋に赴き、翌五日午前一時頃聖俊方勝手場を通り、カマドの下にあつた薪割用手斧(証第三号)を取つて聖俊、とみの居住する奥六畳の前に行き、土間に立つたまま、部屋との境の障子を押開き、手斧をふるつて、先づ聖俊の頭部に数回切りつけ、続いてとみの頭部に数回切りつけた。そのため、聖俊は脳挫傷、蜘網膜下出血により、とみは脳挫傷により、それぞれその場で即死したのである。
(三) 被告人姜順伊の殺人幇助の事実
被告人姜順伊は被告人金六道が崔聖俊及三浦とみを殺害するに際し、その情を知りながら、同月四日午後被告人六道方に於て、同人から問われて、手斧は聖俊方勝手場のカマドの下にあることを教え、同日午後十一時頃聖俊方西側空地の道路に面した出入口の木戸を開けて被告人六道を中に入れて自分の部屋で時間待をさせ、同被告人の犯行直前、聖俊等の居室である奥六畳の前まで行つて、聖俊、とみが眠つていることを確めて被告人六道に報告し、以て同被告人の(二)の殺人の犯行を容易にして、之を幇助した。
(四) 被告人金六道、同姜先順の死体遺棄の事実
被告人金六道は(二)の犯行後、犯跡隠蔽の目的で、崔聖俊、三浦とみの死体を遺棄することを企て、犯行現場に於て、ロープ(証第十一号)毛布等でとみの死体を、ビニール被覆電線(証第六号)、麻繩(証第四号)、毛布(証第五号)等で聖俊の死体を梱包した後、さらに被告人姜先順と右二死体を遺棄することを共謀し、被告人六道は同月五日未明、聖俊方店の間にあつた乳母車で両死体を前記自宅に運び、(1)有合せの板で箱(証第九号)を作り、同日午後右被告人両名協力してその箱に聖俊の死体を入れた上、被告人六道は同日午後八時頃之をトーハツ号原動機附自転車(証第十号)の荷台に積んで名古屋市港区中川本町三丁目一番地の一日本耐火防腐名古屋工場北側泥土炭殻捨場へ運び、同所に埋没し、(2)被告人先順は被告人六道の命により死体を自転車の荷台に縛りつける針金(証第十五号)を買求め、被告人六道は同日午後十時頃、その針金で、とみの死体を前記自転車荷台に緊縛し、同区中川運河閘門北方約二百五十米の東側堤防上へ運び之を右自転車と共に運河中に投入して、各死体を遺棄した。
(五) 被告人金六道の窃盗の事実
被告人金六道は崔聖俊を殺害した後、その敷布団の下にあつた同人所有のスイス製モリス十三型自動捲腕時計一個時価約一万三千円相当のものを、同月五日前記自宅に於て、聖俊の上衣ポケツト内にあつた同人所有の現金約一万七百円を窃取した。
(六) 証拠の標目(略)
(七) 法令の適用及び情状
被告人金六道の判示(二)の各殺人は刑法第百九十九条、被告人姜順伊の判示(三)の殺人幇助は同法第百九十九条第六十二条第一項、被告人金六道、同姜先順の判示(四)の各死体遺棄は同法第百九十条第六十条、被告人六道の判示(五)の窃盗は同法第二百三十五条に該当するが、被告人六道の判示(二)(四)(五)同順伊の(三)、同先順の(四)の各所為は同法第四十五条前段の併合罪の関係にある。
被告人金六道は二人を殺し、しかも被害者の内の三浦とみは被告人等に対しさほど害悪を与えたものではない。犯行は偶発的ではなく、その方法は残虐で、犯跡隠蔽も巧妙であり、犯行後東洋食堂に入込んで半分の経営権を主張している。本件が当地方の人心に与えた影響も大きい。然し他方被害者崔聖俊の性格、被告人等に対する態度は判示の通りで、被告人六道をして痛憤させるに足るものがあつたことは否めない。当公判廷における証人大島光春、喜多村泰、高橋龜之助の各供述によると、同被告人は気が短い一方、総てを明確に割り切ろうとする性質を持つていて、時に人と口論し、喧嘩をすることもあるが、中学校、高等学校を通じて礼儀正しく、素直で、運動にも精励し、先生学友等から信頼を寄せられ、高等学校在学中には全生徒間の争い事を纏める調停部長を一年間勤めたことがあり、本件犯行前自動車運転助手及び同運転手として働いた服部運輸株式会社では普通以上の勤務成績を上げていることが認められる。被告人は法廷においては殺害を決意した時期動機及びその他二、三の点について判示と異る供述をする外は大体において事実を認めて徒らに争うことなく、供述態度等より犯行について後悔していることが明らかである。又被告人は満二十三才でまだ若い。以上の通りであるから、適切なる補導を受けるならば、将来社会に復帰するのに適当な人間となることは不可能でない。よつて被告人の犯行中最も重いと認める三浦とみに対する殺人罪の所定刑中無期懲役刑を選択して同被告人を無期懲役に処し、刑法第四十六条第二項に従い他の刑を科さず。
被告人姜順伊は判示事情の下に本件犯罪をなしたのであるが、行為は幇助に過ぎず、三人の子供の面倒を見る者がないので、託児所に預けてある等の事情を考慮し、各罪の所定刑中有期懲役刑を選択し、刑法第六十三条第六十八条第三号を適用して従犯の減軽をし、同法第四十七条本文第十条に従い、犯情重いと認める三浦とみに対する殺人幇助罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役三年に処し、刑法第二十一条を適用して未決勾留日数中三百日を右刑に算入する。
被告人姜先順の本件犯行は、夫である被告人六道の犯跡を隠蔽しようとするものであるから、その情に於て斟酌すべきものがあり、その行為も判示の通り夫の遺棄行為中の極く少部分を手伝つたに過ぎない。又夫の犯行を察知して、その犯行前被告人順伊方へ赴き、夫を自宅へ連戻そうとしたが、拒否されて目的を果さなかつたこともある。その他諸般の情状を考量して、刑法第四十七条本文第十条に従い、犯情重いと認める三浦とみの死体遺棄の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役一年六月に処し同法第二十五条第一項を適用して、この裁判確定の日から三年間刑の執行を猶予する。
(以下略)
(裁判官 井上正弘 平谷新五 中原守)